ひまつぶし


by ochakennwoope
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

<   2006年 05月 ( 11 )   > この月の画像一覧

A president of one co. made himself fool with broadcasting from BS2 of NHK.
He said 'There are many young workers who are willing to work longer even without the saraly, and they are nomal.'
He resisted to listen to other comments to tell him the reason and purpose to hold the meeting.
Even all other participants illustrated for him that the situation must contain the social problem with taking lots of examples.
I wanna ask who choosed the dirty money-mad idiot as a commentater at a national TV program...
Just to rob the comment time to win comercial time with showing his company name is clearly his purpose to come up there.
However NHK(Japan's national broadcasting media) lost the honor because of him, the TV program made the situation of Japanese society clearer.

This society doesn't have clear mental basis to sujest the right being human with disability.
Most of who are said succeced in this society think
'all people have same potential as they do. If they can't, that's their lack of effort.'
Who thinks handicapped person in the heart can run 100m in 10sec?
Who can say "I'm unwilling to work longer than my colleagues?"even with utterly exausted mental health situation.
YOU are the reason whoever can't ask rest.
But with thinking of relation between hardwork and money, no one can tell the true mind in the situation now, even producing lots of people with mental helth disorder.

I'm sure the most of people who manage a successful and/or big corporation in Japan think this situation is abnormal,
otherwise they are unhumanitarians like the president.

Shoud men of ability break lots of low to transform the society with force?

The problem in this society is NOT a business setback.
It is the cash basis principle which sending many people to phycological medical center.
Why don't you make it human basis.
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-28 23:14 | 一方的な愚痴

Now that...

She went out again
... to the hospital.
Is there anything left?
... in my mind.

Someone said
"I envy you, I want any such kind of dramatic event ..."
I actually feel that she will never leave from me until her last...
But I'm still feeling her leaving from...

In one practical class, a teacher said
" The experience separating rats(for an experiment) from their mother to see what's going on with such primary stress. The evidence suggest that the separated group has weaker characteristic toward stress-test.
We need to find the way to cure the mental problem, but now we don't have any of special way.
Because we don't know about the exact mechanism of mental stress."
One hand, I couldn't help feeling pain hearing it. I almost ran away not to hear anymore story.
On the other hand, I hope "please hurry up to make it clear enough, so that societies make any severe mental pain to the end of life, like..."

I can say I'm getting weaker to understand more sadness.
I have to say I believe she will get better than before.
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-27 16:05 | 一方的な愚痴

Wikipedia

定金伸治という、タフガイのなかのタフガイを調べると
とんでもない事になっていると、本人の日記に書いてあった。
最近ちょくちょく見に行っているんだけど、ちょくちょく変わっているのでちょくちょく面白い。
くちょくちょな人だなぁ...と、心から尊敬の念を抱きました。
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-21 22:17 | 日記

定位置

e0046283_18245412.jpg


収まるべきところ
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-16 18:27 | 憂鬱な学校生活

社会の厳しさをもう少し

知って欲しい。
理想を言っているだけでは生きていけない。

と、よく言われます。
社会の厳しさとは何でしょうか?
社会を厳しくしているのは誰か。あるいは、何か。
これを答えなければ始まらないと思います。
というか、せっかくの助言の意味が分からないわけです。
助言をしてくれるのだから、
自分の意見が通らなければ暴力行為に訴えるような不可解な人で無い限り
助言をする対象に思い遣りを持っていると考えるのが、第1の選択だと思います。
場合に分ければいくらでも挙げられるでしょうが、
要は、これが優しさの現れであるから、何とか理解しようと試みているのです。

簡単に思いついたのは、自分の欲求が社会に認められるものではない時
社会を厳しいものにしているのは自分の欲求。
社会が認める欲求とは基本的な生きていくための欲求と
社会が必要としていることをする欲求。
必要とされないことをいくら試みても、いくら頑張っても、評価されないどころか
頑張れば頑張るほど、煙たがられたり除け者にされたりする。
これは言葉以上に厳しいものだと思う。
暴力も犯罪も犯さない、他人に優しく思い遣りのある人間でも
有能で活動的で社交的な人間でも
社会不適合者と言うレッテルを貼られてしまう。
こういう場合は、社会に自分の欲求を必要とさせることが解決策になる。
日本の社会ではこれが、最も難しいことの一つだろうと思う。
優れた制度も海外(特に米国)で認められて成功することを確認してから出なければ、
日本に帰ってきて(いわゆる逆輸入)
実行されることは少ない。
米国を見習え、米国に追いつけ、米国になろう
最近はどうなのだろうか?

『国家の品格』がブームになったくらいだから
世間的には、自分の民族性や国に誇りと自信を持つことは認められてきたのだろうか?
この自信や誇りがあれば、自分の国の人が作り上げた制度や製品に誇りを持つことが出来ると思う。(昔よりはまし、という意味)
これが出来る国ならば、上記のような人が
社会不適合者になることも少ないと思うが…
この国が変わる事の無い(誇りを持たない)理由が国民性であれば、致し方ない。
その場合
これからの科学者、研究者でも、日本で認められようなどと思うのは間違いだろう。
そもそも、ochakenはこの国で成功するつもりは無い…
もっと別の
社会の厳しさを見つけなければ、同世代の人々の考えを理解したり
自分の考えを効果的に分かってもらえるように話すことは出来ないだろう。
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-14 15:40 | 日記

書き直し

いつの間にやり場も無くこんな思いを抱いてた
ありふれて使い古した言葉を並べて

舗道に沿って幸せそうに歩き出した恋人達を
羨むように、讃えるように、そっと君を待っている

人前で泣いたことの無い、そんな弱気なあなたでも
絶望の淵に立って迷う日もあるでしょう

夢にかかる虹の橋
希望の光の矢
愛を包むオーロラのカーテン

そのすべてが嘘っぱちに見えて、自分を見失うような時は
あなたが誰で、何のために生きてるか
そのなぞが早く解けるように

鏡となり、傍に立ち
あなたを映し続けよう


Mr.children-Mirror

今日は特別な日だから、こんなありきたりな言葉で
気持ちを表現しても良いんじゃないかと、甘えてみた。
e0046283_15542057.jpg

[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-14 15:17 | モテナイ男の遠恋日記

季節限定

つまらないことを沢山書いてきた。
今日は真面目な話をしようと思う。
きっとこの情報は役に立つと思う。

お見舞いに持っていった
『冬の濃厚口解けショコラ』
についての考察である。

病院の近くにあるスーパーで安売りしていたものを
お見舞いとして衝動買いしたわけだが、
案の定というか、いつものように考えが足りなかった。

ゴールデンウィーク中、真夏と思われるほどの陽気の中、

冬の~を買ってしまったことが失敗であった。

冬の~は、最もおいしく食べるためには
冬の気候とか、
冬において、人恋しくなる民族性など
を考慮して『冬』を名前につけているのだと思っていた。

つまり、味自体には変わりなく、
気持ちを冬のようにコントロールできる人間
あるいは
冬だろうがその他の季節だろうが、感性を一定に保っている人間
は、季節に変わりない味を感じられると思っていた。

中にはその通りのものもあるかもしれない。
真夏に湯豆腐を食べる人もいれば
真冬にアイスクリームが食べたくなる人もいる。
そういう人にとっては、真夏に『冬の~』を食べることが良いと感じられる商品もあるかもしれない

しかし
冬+濃厚+口どけ+チョコレート

このコンビネーションだけは、連合軍のモビルスーツでも太刀打ちできない。
ドムやキュメレイ、フリーダムやセイバーが束になってもかなわない。
(何のことか分からない読者は読み飛ばすべし。)

これは、冬の温度、湿度によって、品質が変わってしまう。
これだけ『溶けるぞ!』という日本語を列挙しても
冬に溶けることなんて気にしないのだ。
冬の製品を夏に買うときには『今が夏である』
と心に何度も言い聞かせる必要がある。

これは子供の頃から
『ドロドロと溶けてしまうから早く食べないと大変なことになる』
という慣習を植えつけられてきた『氷菓子』には当てはまらない。

チョコレート、あるいはショコラ
こいつらには
気を抜くな。
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-14 15:16 | 一方的な愚痴

これからは

私的な場所以外でもブログを書いてみようと思った。
そして現在実行中なのであるが、
この部屋にはこの時間に誰もいないので
大した違いは無い。
いたとしても僕の言語を理解できる人は全人口の1/3
僕以外に2人だけ…

分からないからといって、その人たちを悪く言う文章を書けるかというと
書けない。
無言の圧力だろうか…
誰もいない今、そういう文章を書けるかというと
書けない。
書きたくないというのもあるけれど、少し違う。
内因性の圧力だろう。

ほとんど思い込みと違わない。
これが良心の片鱗であり
これが善良の苦痛である。
こんなものを持たなければ良かったと、思ったことは一度や二度ではない。
こんなものを捨てられない自分が悪いと、思ったことも一度や二度ではない。
正しく生きることが全てではないと、自己暗示したこともある。
そんな僕はとうの昔に決心している。

思うが侭に生きたいと思ったときに決心したのだ。
正しく生きたい。

そして、この結論を支持する信念が必要になった時、考える自分を見つけた。
正しく生きたい人こそ、思い通りに生きるべきであり、
正しく生きたいという思いが通用する世の中に、
微力でも一人の人間の力の全てで、貢献する。



正しく生きたいと思えなくなった時、僕は

思い通りに生きないことを決意したのだ。
それは不幸だろうか?


※正しくってどうせ、自分の中の正義でしょう?という人は、過去のログ参照。
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-11 20:21 | 憂鬱な学校生活

由来

人間の性格は
半分が教育(環境)で
もう半分が遺伝であると聞いたことがある。

片親を信じられない人間は、自分の1/4が信じられない。
両親を信じられない人間は、自分の1/2が信じられない。

んなわけないじゃん。
そういう人たちに一生重荷を背負わせる気か?
考えが足りなさ過ぎでしょう。
とは言え、人の親になるということがいかに自分を
一人の人間として社会の重役に就くことかを理解させるためには役に立つ。

親になろうがなるまいが、意識しなければ何も変えられないという事が、実感として分かった。
極めて遺憾なことであるが…
自分以外の人間を、信じることが如何に危険であるか思い知らされた。
無責任な人間、思い遣りを持たない人間、無能な人間
国民としての義務があっても、倫理の授業を受けても、出来ない人はいる。
とても可哀想な人間であるが、
仕方が無い

自分の1/4を信じられず、自分の1/4を諦める人の
なんと多いことか…


これが自然であれば、この社会は健康である。
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-08 22:40 | 日記

考えて納得したこと

案外すぐに忘れてしまう…

学校教育が、制度化の人間を最低限
考えるということの出来る人間に作り上げるためのものだとすれば
個性だの特技を伸ばすだの言っている現状を見守ることが出来る。
考え方の方法は人によって異なり、速度も段階の踏み方も多様だ。
また、高等教育化が進む現状は
今まで十分間に合っていた水準の「考える力」では現在の社会で享受できる幸福を
十分に理解あるいは主張できないことを示唆している。
生活の水準が異なっているのである。
過去を基礎として現在未来が築かれていくのは常識だろうか?
『常識が揺らいでいる』という言葉を聞いたことがあるが
当たり前のことである。
社会が動的平衡状態にあり、限りなく一定になる方向へ変化し続けていることを
理解できていない、少ない知識による古い考えに基いた発言である。
現在我々が享受することの出来る知識、それによる間接的な利益(機構を知らなくてもPCで遊べる)は、どこまで過去を基礎として考えられるのだろうか?
これまでの常識は打ち捨てられて当然と思われるものがあるのではないか。
ochakenが初めて社会の理不尽さに立腹したのは、もちろん物心ついた頃…
今更であるが
この質問には意味があると思う。

あなたは、どこまで実行できる?
[PR]
by ochakennwoope | 2006-05-08 22:16 | 一方的な愚痴