ひまつぶし


by ochakennwoope
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ひっかけること

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聖夜を前にして、我々は出陣した。
一見無謀に見える進行。
何よりも時期に問題がある。

しかし、そこには何物にも代えがたい意地があった。決意があった。

町を出、いくつもの峠を越えて、路傍に雪の残る山々を越えた。
そして、とうとう青く広がる湖に辿り着いたのだった。
道中ではochakenが体力を消耗してしまい、相棒の足を引っ張る始末。
タフガイへの道のりが如何に険しいものであるか、窺い知れよう。

休憩と称して、相棒はひそかに現地に潜伏している仲間と連絡を取っていた。
武具を補給する詳しい場所を聞いているのだった。
道中が険しく厳しいものになることは作戦計画時から分かっていた。
そのため、われわれは武器になるもののほとんどを持って来なかったのだ。
ただ、敵の首を入れる桶だけは事前に最も軽いものを用意し、持参していた。
さすがにこれだけは忘れるわけにはいかない。専門店も早朝から営業していた。

密使との連絡も無事に完了し、相棒は難なく彼らと合流した。
褒美に合計¥2550を手渡し、武具を装着した。
いざ、食うか食われるかの戦いである。

実際、作戦は厳しい状況へ自らを陥れるかのような過酷なものであった。
自虐的、と取られてもおかしくない。
死中に活を求めるがごとく、我々は湖面に向かって撒き餌し、釣り糸を垂れて待った。

絶好の機会が訪れるのは  一瞬

相棒か、ochakenか、どちらが先に仕留めたのだろう。
彼は2つの首を挙げ、私は1つの首を挙げた。
出だしは好調。
予想とは裏腹に、二人は次々と敵将の首を取り、よもや100人切りかと思わせる勢いがあった。
それが裏切られるのも一瞬。
ochakenが7つ挙げる間に相棒は20もの戦果を挙げたが、あるときを境に全くの静寂が訪れた。

『空城の計か!?』

気付くも、時既に遅し。
相棒は早々と戦意喪失。まぁ彼が2時間も粘れば良しとしていいのではないだろうか。
すばやく行動に移し、体力の回復を図った。

そのとき、まさに敵軍の大反攻が始まったのであった。

私は相棒の斬鉄剣を左手、村雨を右手に携えて湖面に向かった。
彼が小屋への階段を上っていたそのとき、まず斬鉄剣がそして村雨が相次いで怪しく動いた。
『敵襲!敵襲!』
心の叫びもむなしく、2刀を振り上げ敵を血祭りに挙げた。斬鉄剣2、村雨1
私は素早く村雨による敵将を桶に入れ、斬鉄剣の敵将を始末する間、第二陣に備えた。
その時―斬鉄剣の2将を桶に入れ終わる時―村雨が再びうごめいた。
何とか斬鉄剣を湖に向けて振り下ろすと、私は間髪入れずに村雨を振り上げた。
2将の首を挙げていた...
私の功績といって良いのであろうか?
その後も次々と手柄を上げ、相棒が戻ってくる頃には約10の首が手中に収まっていた。

このようにochakenフィーバーが訪れたわけだが、その後は鳴かず飛ばず。
天を泳ぐ鳶を眺めるばかりであった。
冬至を迎えた湖畔にたたずむ独身男性2人。
日はクリスマスイブ。日ノ本の国では総力を挙げた若いカップルのための祭りがそこかしこで催されている。そんななか、我々2人は限りなく寒いときを耐え忍んだ。例え白熊でもこの寒さには耐え切れまい。この精神的な冷え込み。
冬将軍の痛恨の一撃を食らった我々は、それでも生き残った。
持参した箱ティッシュでグシュグシュ言いながら、ochakenの運転により、本拠地まで生還した。
この偉大な業績を知るものは極僅かだ。歴史とはかく刻まれていくものなのである。
そう、2時間近く相棒の愛車のサイドブレーキをかけたまま疾走したことなど、記憶のかなたに消え去っていくのだ。
こうしてタフガイは幸せに暮らす民衆の聖夜に平和のともし火を掲げたのである。

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車、本当にごめんなさいm(_ _)m 地元の御土産を買って行くので許してください。
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by ochakennwoope | 2005-12-30 10:12 | 日記

これは面白い

「政府の幹部は英語ができて当然」
独裁で知られる中央アジア・トルクメニスタンのニヤゾフ大統領が、閣僚らに対し、半年以内に英会話をマスターするよう命じた。タス通信によると、大統領は新任の石油・ガス・鉱物資源相に
「英語を話せ。半年でできなければ大臣はさせない」と厳命。大統領令にも「閣僚の義務が履行できなければ解任」と明記されている。(共同)
毎日新聞 2005年12月19日 10時37分

政府の幹部なら英語は出来て当然。
まず聞きたいのは 『どの程度?』 という質問。
きっと政府の高官なら知的水準もかなり高いはず。その水準の議論を外国語でするために、半年間という期間は短すぎはしませんか? 命令するって事は、幹部の誰かは今出来ていないのでしょう。
外務省のHP情報では
公用語はトルクメン語(テュルク諸語に属し、トルコ(共和国)語やアゼルバイジャン語に近い)
英語が第2外国語ではないことが分かる。旧ソビエト連邦だから2ヶ国語使える人は多いかな?
それにしても、この国はナカナカ凄い。面白い。
憲法を変えて終身大統領に成るほどの指導力のある人がいて、ochakennの主観的に見て好き勝手している。独立以来の指導だから、きっと英雄なのだろうな~と思う。カエサルのように暦を自分の親戚の名前にしたりしてるらしい。
独裁だ何だといわれているが、トルクメニスタンの人に聞かないとそれが不都合かどうか分からないんじゃないかな?独裁だ~って言われてる人の政策でこの国は持ち直してきてるのじゃない?幸せ度はよくなってないかな?情報が少なすぎてなんとも言えないけど(そんな情報あるのか疑問)。
そういう人がこんなこと言うのは、何かに影響されたのかな?
交易が上手くいってないと考えたのかな?

日本との国交はあって、日本領事館が今年の1月に建ってる。
日本がこの国と意見を交換できるのは後々の両国にとって利がある気がする。
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by ochakennwoope | 2005-12-19 11:10 | 一方的な愚痴

話しかけやすさ

1,2年生の時。英米文学のゼミに参加させてもらっていた頃のこと

『何故、文学では恋愛を扱う作品がこんなにも多いと思いますか?』

という教授の質問に対して
当時の私は臆することなく

『恋愛というものに対する時の自分は全力を、あらん限りの力、能力を発揮したいと思います。また、自分の本領をすべて発揮できる機会が恋愛だと思います…自分は出来たと思うこともありましたし…何と言うか本能的に。相手には自分を愛して欲しいだけではなく、自分のすべてを知って欲しいから、そのためには自分の出来るすべてを見せるということが、自分の出来る限りのことだと思います。そう思うから、人間の本性を言及しようとする時に、恋愛を題材に選ぶのだと思います。』

なんて必死になって答えた。
うんうん頷いてくれていた先生は
『うん、そうですね。それも一つです、他にはありますか?』
と、他の学生(院生)に質問を掛けた。もちろん、院生の皆さんは自分よりも経験があって(既婚者も2人)それに基づいてしっかり答えていたと思う。
今は自分の意見しか覚えていない。しかし人の意見は大抵の場合、一人になったときに考える材料になる。

知らない人に会うのは好きな私だが、出来ればその人の価値観を知れるくらいの関係を築きたい。
一方で、私は自分の好きな人(或いは許容できる人、興味深い人)でないと分かれば自分はそれ以上、関係を築いてこなかった。嫌われているわけでもないと思うが。
話しにくい、されにくい私のままでは、これ以上視野が広がりそうにないという危機感を覚えている。

あるとき
『君が話していることは僕らが基本的に考えていること、本当に始めに考える前提であって、君はあまりにも視野が狭い。それによって人を傷つけてしまうだろう。』
と言われた。
『そんなことは当然知っている。そもそも自分をよく知っている人が聞けばいいだけの話だ。もっと高等なことを話しているのに、質問があまりにも基本的なことにしか言及せず、それだけに回答すると必然的にそういう文章になるのだ。質問者が悪い。あなたは知っているかもしれないが、私は相手がどのような価値基準で生きている人間か知らない。人を諭すなら諭されやすい、ましな表現を使ったらどうか?あなたはどれ程なのだ?』
などとは言わず、
とりあえず話を聞いた。自分があまりに適当に話し、質問に返答していたことに非があることに激しく同意したからだ。
確かに視野が狭いこと(関連するもの、関係者の知識がないこと)が人を傷つけることになり、それによって傷つけたくない、という気持ちは自分を同じだった。
それに社会で金を稼ぐことを経験したそのひとの意見は、自分が気に入るかどうかに関わらず、間違いなく自分に有益だと思った。
(まぁ、それ以前にその人が好きだから話し始めたんだけど、それは重要じゃない)
『自分は金の稼ぎ方も知っている。』
と強調していた。これが私より広い視野(と自認する視野)からのより深い意見だ。私はそれが自分より広いか、計れない。しかしアルバイトで稼ぐようなことでは決してない。人への対処の仕方を知っているということだろうか。分かりにくさは概念を具体的に換言していなかったからだろう。今度聞いてみよう。
確かに自分は、この年にしては考えが深い、と思っていたかもしれない。彼がそれに気付いたとは思わない。自分が内に篭りやすいこと、彼より多くの人と関わっていないことを、自分の話しかけにくさから判断したのだと思う。話の発端となった文章ではとてもこのような話をしようなどとは思わないだろうから。基本的に彼の優しさから生まれた会話だった。

そういったわけで、(また別の)友人の『人当たりのよさ』には憧れる。その能力ゆえに友人は話かけられやすい。自分も話しやすい。また、彼自身が発言することに抵抗をほとんど感じていないように見える。傍から見れば、話半分に聞いていそうな印象を受けてしまうかもしれないが、話す自分としては、気分よく話をさせてくれるだけでも十分だと思う。
相手を知ることのすべては、より多い話から始まるわけで、代替手段は、両者の友人からの伝達か、行動しかない。相手を知るのに、より容易でより確実な方法の、基本的なものを彼は備えている。とりあえず、今度はその能力を得られるような影響を受けたい。

以上のようなことを踏まえて、
彼女が自分に話しても無駄だと思う原因は、自分の話しかけにくさにあるのだと(勝手に)納得したからだ。
交際することは互いの人生に干渉しあうこと。また、それを望むから付き合って生きたいと願う。お互いの感情を確認しあうだけの関係はそれを鑑みると、とても浅薄に見える。
以前の発言(その根本の感情)と矛盾している。これに気付けるのも恋愛ログをつける良さだ。
この交際がお互いを幸せにするかどうかは分からなくなっているが、
彼女は自分を理解できる数少ない人の一人で、
私は彼女を理解できる数少ない人の一人だと思っている。
理解できることと理解していることは当然異なる。そこへ辿り着くには沢山話すことが必要だと思う。何気ない情報から、気持ちを察してあげられるようになるに違いない。
『これからは何でも話そう』
と、決心した彼女を促すためには、まず自分が変わることが大事だと結論付けた。
間に合うだろうか…
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by ochakennwoope | 2005-12-11 16:52 | モテナイ男の遠恋日記

このところ何日も

更新していなかったにもかかわらず、ブログの住人が減っていない。
この場所が、かなり内輪なものになって来たということだろうか。
それなのに依然としてWWWなところが面白い。

ここ最近何をしていたかというと、ウシの世話。猫のケージの処置。
研究室の仮入室が始まったのだった。
研究者に憧れる自分が臨床系の部屋にいるのも面白い。
初めて知ったことでは教授、助教授はやはりウシを頻繁に診察しているわけではないらしいということ。
ここが、いわゆる犬猫等の小動物を扱う先生方との違いかなと思う。
そんなことを思いながら、4月には別々の教室に分かれる2人の先生に翻弄されながら、
1週間疲れた。面倒くさいこともあったし、同じく(或いはきっと自分以上に)疲れている同期の仲間にいらいらしたことも多々あった。間違いなく自分も彼らをイラつかせる行動をとったに違いないだろうということで収まっている。こういうことは以前にもあった。

今日は学科の同期が集まる忘年会がある。
あまり馴染んでいるとは言えないが、夏休み前の打ち上げに行けなかったから約1年ぶりなので楽しみ。それにしても夜10時スタートって、終わるのは何時なのだろうか…
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by ochakennwoope | 2005-12-11 15:32 | 日記